災害発生時の大きな問題,生命維持にとって深刻な問題である「水不足」に対して,あらかじめ風呂の浴槽に水をためる「備え」の方法があります。
特に阪神大震災や東日本大震災などで被災された方たちからは,その苦難の経験から広く支持されている方法でもあります。
昨今この行為が「いけない事」「ダメな事」であり,推奨する人間を「情報のアップデートができてない」「時代遅れ」「迷惑」などと見下す風潮があります。
筆者は防災の取り組みを啓発する立場として,「風呂に水をためる」備え方法を未だに一つの方法として推奨しています。
その理由を書いてみたいと思います。
尚,方法論として風呂に水をためる備えを一律「ダメ」と言うのではなく,緊急時に他の備えが無い人たちのためにも一つの方法として残しておくべき,というのがこの記事の基本主旨です。
従いまして,他の方法を否定するものではありません。
この記事の対象範囲
「災害時」と言っても色々な災害があります。
住宅にも色々タイプがあります。
それらをごちゃまぜにしては記事の示すものがぼやけてしまいます。
また誤解を生む原因にもなりますので,ここではこの記事の対象範囲を明確にしておきたいと思います。
対象となる災害の種類
- 台風
- 大雨
- 地震(本震後の余震・前震後の本震)
つまり天気予報や気象庁の見解などから,その災害の到来が高い確率で予想され,それにより断水発生の可能性が事前に考えられるものです。
短期スパンで見たときにいつ発生するか分からない1回目の地震や噴火,被害が局所的な竜巻などは対象としていません。
対象となる住宅とトイレタイプ
中高層の集合住宅で,設置された電気ポンプで水を汲み上げ給水するタイプでトイレは水洗式。
このタイプは停電すると水を汲み上げられなくなり給水タンクが空になり次第断水します。
水を汲み上げる必要が無い一軒家や低層の集合住宅は対象としていません。
※一軒家にお住まいの方は,比較的短時間&簡易に排水設備の被害確認(田舎に多い汲み取りトイレ式や合弁浄化槽式なら尚更)ができ,尚且つ下に他の住人が居ないことから,風呂に水をためる行為が中高層住宅ほどは問題にはなりません。従いまして,この記事では対象外としていますが,住宅タイプ問わず水をためる際の注意事項など参考となる情報を掲載していますので,是非この先も読み進めてみてください。
ためる水は新しい水道水
「入浴後の残り水を排水せずに置いておく」という方法もありますが,より良い方法として,ここでは新たに水道水をためる方法に限定します。
風呂に水をためることが問題視される4つの理由
反対派の皆さんが理由に挙げているのは概ね以下の4点になるかと思います。
- 風呂の水でトイレに汚物を流してはいけないから
これは地震や大雨冠水を想定したものだと思います。
中高層集合住宅において建物や周囲の排水設備が破損する,または大雨で周辺が冠水するなどの原因で,排水機能が正常に働かない場合があります。
その状態でトイレに汚物を流すと,上層部の汚物が下層部のトイレから噴出する可能性があります。
建物周辺でも同様の事態が発生する可能性もあります。風呂に大量の水があるからと言って,確認無しにトイレに汚物(+風呂にためた水)を流してはいけない,ということです。
また少ない水量で汚物を流すと途中の配管で詰まりやすいという問題もあります。
- 不衛生だから
浴槽および浴槽に直結した湯沸かし器が設置されている場合も含め,それらの掃除具合により,ためた水が不衛生になります。
そこにためた水は飲料としては向かないだけでなく,生活用水としても長いこと使えるものではない,ということです。 - 漏水が発生した場合,下の階の人に迷惑をかける
これは大きな地震を想定しています。
風呂設備や配管の破損により,風呂にためた水が漏れ,下の階の住宅を水浸しにした事例があるようです。 - 小さな子供の落水事故に繋がる恐れ
日常において水の入った浴槽に落水し小さな命が失われる痛ましい事故が無くなりません。
災害時であっても浴槽に水をためると,そのリスクが発生します。
4つの問題点に対する見解
それでは上記4つの問題点に対して筆者の見解を述べてみたいと思います。
風呂の水をトイレに流すのは「排水」の問題
特に揺れが大きかった地域では建物が損傷している可能性があり,排水設備の確認せずにトイレを使うことは上記理由から問題があります。
つまりこれは排水の問題なのです。
汚物と一緒にトイレに流す水がお風呂の水であれ備蓄していたポリタンクの水であれ,断水していない時の水道水でも同じことなのです。
給水手段に関係なく,水洗トイレを使ってはいけない時は使わない。
排水上の問題を理由に非常時の給水方法の一つとしての「風呂に水をためる」行為を否定するのは無理があるのではないでしょうか?
風呂にためた水は,仮にトイレ水として使えない場合でも,掃除,洗髪,体拭き,時には消火活動にも使うことができます。
また少ない風呂水で汚物を流すと途中の配管が詰まりやすいという問題がありますが,これはトイレットペーパーなどの紙類は一緒に流さないことである程度リスク軽減できます。
不衛生かどうかは状況次第
風呂にためた水がどの程度不衛生かは,浴槽や浴槽に接続した湯沸かし器の掃除具合・経過年月,気温(季節)などによって変化するので一概には言えませんが,水をためる前に掃除を行えば(飲料水としては向きませんが)生活用水としては1週間程度は使えるのではないでしょうか。
筆者自身の経験からそう考えています。
大量の水を風呂にためておく効果は大きいと思います。
但し,入浴後の残り水を排水せずに置いておくのは,言うまでもなく不衛生であり生活用水としても使用はかなり限定されますのであまりお薦めできません。
下の階の人に迷惑をかけるか近所の人を助けるか一長一短がある
浴槽に水をためたばかりに漏水により下の階の人に迷惑をかけることになってしまうのは大変残念なことです。
ですが,一方で浴槽にためた大量の水を近所の人に分け与え助けたという事例もあります。
(どなたかそれぞれの事例件数をご存じであればご教示ください)
物事には一長一短があり,これを理由に風呂に水をためる行為を否定するには無理があるものと思います。
世の中には何も事前の備えをせずに被災してしまう人も(残念ながら)沢山いることを忘れるべきではありません。
大量の水は他の人を助けることにも繋がるのです。
落水事故は日頃の対策と同様に
日常時,非常時に関わらず小さな子供の落水事故は起こり得ます。
従って,特に災害を意識せずとも小さな子供がいるご家庭ではその対策を取っているものと思います。
風呂に入る度に水をためることでしょうから。
非常時も同様ではないでしょうか。
ご家庭での対策方法が仮に「最低限の使用時間を除き水をためない」ということなら,非常時でも水をためることに抵抗があると思います。
その場合は,非常時風呂に水をためなくても良いように普段から水の大量備蓄などの対策しておきましょう。
色々な方法があったほうが良い
記事をここまで読んで頂けた方であれば,風呂に水をためる行為がピシャリと「ダメ!」と言えるようなものでないことが理解頂けたと思います。
災害の種類は色々あります。
住宅の種類,トイレ・排水設備の種類,家族構成なども様々です。
防災には色々な選択肢があり,人それぞれその人の実状に合った方法を使えばいいと思うのです。
その意味合いもあり,取れる選択肢は沢山あったほうが良いと筆者は考えています。
わたしたちは,限定的な条件下での不都合をピックアップし,一つの選択肢としての存在そのものを消し去るような動きは慎むべきではないでしょうか。
自戒を込めて所感
日常の防災備えとして,ポリタンクやペットボトルなどの水の備蓄について啓発したり自ら進めることに異論は全くありません。
防災に関わる方,防災に関心が高い方が日ごろの備えとして十分な水の備蓄をしているのであれば,それは良いことです。
勿論筆者も水備蓄はしっかりやっています。
しかしながら,反対派の人たちが発信する情報「風呂に水をためるのはダメ」が,(恐らく)マジョリティである水の備蓄をしていない世帯の人たちに対して彼らの緊急時の少ない選択肢を奪う結果になっていないか心配です。
勿論その文字数の少ないセンセーショナルな文言の裏には色々な注釈事項があるのですが,それらの事は置き去られ「風呂に水をためるのはダメ」という文言だけが独り歩きしているように見えることを危惧します。
防災に関する情報発信を行う人間の一人として,筆者自身も過去に発信した情報を振り返ってみて,言葉足らずのところが多々あったものと今回認識しました。
今後より一層情報の精度・品質を向上していきたいと思います。
<更新記録>
2022/03/18 記事公開